統一教会の解散をめぐって今、地下鉄サリン事件の記憶とともに宗教二世が思うこと

統一教会の解散請求がなされたのは、2023年10月12日のことだった。正確にいえば、宗教法人法第81条に基づき、統一教会への解散命令を出すよう文部科学省が東京地方裁判所に求めた。それを受けた裁判所で四度の審問が重ねられ、2025年1月27日に審理がすべて終わった。早ければ年度内には判決が下されるのではないかと言われている。 私はこれまでに何度か統一教会の「祝福二世」として記者たちからの取材を受け、教団の解散についての意見を求められてきた。そのたびに私は自分のことがよくわからなくなった。いたずらに自分自身がぶれてゆくだけだった。ただひとつ、非常に身勝手な気持ちとして、自分に言い聞かせていることがある。統一教会には解散命令が下されるべきではない。理由はふたつある。 ひとつは、教団もろとも私自身も死んでしまうおそれがあるということ。これまでずっと、この世界から消えたい、と天に祈るような思いで生きてきた。消えることができないなら、せめてどこまでも透明な存在でいたかった。しかし、2022年の白昼に安倍晋三銃撃事件が起きたときには、バケツになみなみと注がれた血をこの身体にぶちまけられたような気分になった。社会に穿たれた穴から無数の醜聞が引きずりだされ、衆目を集めた。二世たちは憐憫を買うとともに奇異の目でも見られた。 私自身は、信者たちの組織的な生殖行為によって生みだされている。それはあらゆる点において犯罪的な行為というほかないけれど、それがなければそもそも私は生まれていなかった。その点、教団は私の生みの親そのものだ。私の故郷。私の起源。それが今、手荒に葬られようとするのを目の当たりにして胸が張り裂けそうだ。同じ反社会的な存在として、私自身もこの世界にいることが許されていないような心地がして、不安になる。 もうひとつは、真に消滅すべきものは統一教会や私以外にもあるということ。この国にこそ解散命令が出されてほしい、と私は今、心の底から天に祈っている。この国というのは、日本国政府のこと、ひいては私たち日本国民のことだ考えれば考えるほど、この私たちこそが諸悪の根源だというほかなくなる。私たちに比べてあまりにもちっぽけな集団にすぎない統一教会は、トカゲのしっぽにすぎない。しっぽを切ってみたところで、真の責任がこの私たちの無責任のなか、私たちという巨悪のなかにあることに変わりはない。 東京都千代田区には私たちの集合的無責任を象徴するような存在が暮らしている。それは単に憲法第一条にそう明示されているからだけではなく、身を持って無責任の不言実行をなさってくださっているのだと、私は今思う。では、無責任な者が無責任の責任をとらないままやり過ごそうとしていると、その結果何が生じるだろうか。さまざまな皺寄せや歪が生じる。統一教会問題もそのひとつである。では、統一教会は消えるのに、私たちの象徴が消えずにいるのは、なぜなのだろう。ほんとうに「反社会的」なのは、いったいどちらのほうなのだろうか。 これまでにも反社会的であることを理由に存在を許されなかったものは無数にある。たとえば、オウム真理教。1995年に解散命令が下された。地下鉄サリン事件は、ちょうど三十年前の明日(2025年3月25日)に起きた。幼かった私にとっては、ただ禍々しいだけの事件だった。そもそもの事件の動機にまで思いを馳せるだけの力もなかった。教祖の麻原彰晃が多くを語らないまま2018年に処刑されたこともあり、事件はいまだ後味の悪さを残したままでいる。 ここでは、事件に関する仮説をひとつ紹介したい。統一教会の解散が差し迫る今、それが無責任な私たちへの示唆を与えてくれる気がするからだ。仮説というのは、藤原新也が『黄泉の犬』のなかで提示したもの。藤原によれば、麻原彰晃はこの社会によって自分の視力が失われたと考えていた可能性がある。 麻原彰晃は1955年に熊本県八代市に生まれたときにはすでに先天性緑内障にかかっていた。八代市といえば、水俣病の舞台となった八代海に面した町のひとつで、水俣市から車で四十分のところにある。また、1955年といえば、後に水俣病の初報とされた新聞記事のなかで百匹あまりの猫が狂死したとして「猫踊り病」が報じられた翌年のことである。麻原の兄や弟も視覚障害を患っていた。全盲の兄の証言によれば、水俣病が原因なのだという。水俣病の被害者認定の申請を市役所にしたこともあったが、棄却された。認定を求めて戦えば、地域社会のなかでも「アカ」扱いをされるので、そこで諦めたという。 麻原の視覚障害が実際に水俣病によるものだったのかどうかは今となってはわからない。それが事実なのかどうかが重要なのでもない。重要なのは、私たちの想像力だ。そして、私がここで言いたいのはただ、オウム真理教が丸ノ内線などに撒き散らしたサリンとチッソ株式会社が八代海に垂れ流したメチル水銀には興味深い共通点がある、ということ。それは、両者ともに目に見えない形で拡散するということ。そして、視覚障害を引き起こすということだ。そこで、ひとつの疑問が湧く。麻原はいわば「目には目を」の実践をしたのではないか。二重の意味で「不可視」の存在だった麻原。文字通り視力を奪われた被害者であるとともに、巨大な力によって存在しないことにされつづけた。 水俣病という災厄は見えない生体濃縮の連鎖をとおして結実する。それと同様に、麻原の生をとおして結実した災厄があるとすれば、その背景にはだれの責任ともつかない不正の連鎖、恨みの連鎖の果てしない拡がりがあったのかもしれない。障がいを背負って生まれてきたのは天罰である、とこころない言葉を吐く声はかつて無数にあったし、いまもそのような声はあるのだろう。しかし、真に天罰に値するものがいるとすれば、それはこの無責任な私たちをおいてほかにない。 もとはといえば、統一教会の教祖の文鮮明もこの世界に満ちた「恨ハン恨ハン」を解くことをその使命にしていた。しかし、彼が結果的にもたらしたのは恨の連鎖の拡がりだった。それが生体濃縮することによって生みだされたのが、統一教会の二世でもある。声をあげれば、背後にアカ(サタン)がついているとされた。そして、不可視の存在であることを強いられつづけてきた。そんな二世を食えば、めぐりめぐった毒の味がする。2022年の銃撃事件もそんなめぐりあわせの渦中に起きたものだ。 今、私たちの目には何が見えているだろうか。私たちは私たち自身の姿を直視することはできない。私たちに見えるのは、私たちの影だけである。鏡という日本語はもともと「影見」を意味する。この世界はいつも私たちの鏡写しで満ちている。それをみにくく思うあまりに手を上げ鏡を粉々にしたところで、私たちのみにくさは消えない。むしろいっそうみにくくなってゆく。そして、私たちの盲目が深まってゆくだけである。では、今、私たち自身のこの暗闇のなかで、いったい何ができるのだろうか。 この私は今、これから、何ができるだろうか。憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。そうだとすれば、私は決して日本国民になることができない、と思う。統一教会のいう「天一国」の国民でいたほうがまだいい。この国の根幹をなす「総意」がいつまでも無責任なものでありつづけるかぎり、闇は決して晴れない。

19 Mar 2025 · y. nonami

足立瑞貴さんへの手紙⎯⎯氏名変更申立を棄却された統一教会の二世から東京家庭裁判所にあてて

〒100-8956 東京都千代田区霞が関1-1-2 東京家庭裁判所家事第二部 裁判官 足立瑞貴様 無事、2025年3月3日に判決文を拝受し、末尾にはあなたの氏名と押印があるのを確認しました。それがあなたの戸籍上の氏名でもあるのでしょう。そしておそらくあなたはそれを自分自身の氏名だと考えていることでしょう。つまり、誰ですか、と素性を問われたときには、きっとあなたは「足立瑞貴」だと答えることでしょう。なぜなら、判決文の言葉を借りれば、それが氏名というものの有する「特定個人の同一性を表象する重要な機能」だからです。 では、そんなあなたにいまこうして語りかけているわたしは誰でしょうか。わたしにはそれがわかりません。冗談ではなく、本当に自分が誰なのかがわからないのです。ただ、統一教会の「祝福二世」だということはわかります。信者たちが組織的な生殖行為に加担させられることよって生を受けた二世です。名も教会によって組織的に作りだされ、それを名乗らされることになりました(信者に命名権は与えられていません)。それはいわば「神の子」に与えられたコードネームのようなものです。つまり、わたしは生まれつき、個人的な名前を、わたしをひとりの個人として尊重してくれるような名前を奪われているのです。わたしをこの世界に一個人として存在させてくれる名前を持ちあわせていないのです。 昨年の夏にこの島に移り住んできてからは「のなみゆきひこ」と名乗ろうとしたこともありました。法的にものなみゆきひこでいられるように東京家裁への氏名変更の申立もしました。わたしの主張は、自身が「旧統一教会によって作り出された存在であると感じ、自身の存在自体を否定したいほどの精神的苦痛を感じるため、氏名の変更する必要がある」というものでした。そして、先日、共同通信やNHKをはじめとするメディアによって報じられたとおり、この申立が2025年2月26日付けで棄却されていたことがわかったのです。わたしは途方にくれました。わたしはいったい、何者なのでしょうか。これからなんと名乗っていけばよいのでしょうか。 ところで、あなたはコンラート・ローレンツのことをご存知ですか。刷りこみの研究で知られるオーストリアの動物学者です。刷りこみというのは、鳥類のヒナが生まれてはじめて目にした動物を親だと思いこんでしまうという現象のこと。ふしぎなこともあるものです。昨日のわたしにもそれと同じような事態が生じたのかもしれません。藁にもすがりたいような呆然自失の状態のなかで目にとまったあなたの氏名がふとこの自分自身の氏名のように思えたのです。わたしはさしあたりの通称として「足立瑞貴」を名乗ってみてもいいのかもしれません。気味が悪いからやめてほしい? しかし、考えてもみてください。わたしを個人として同定できるような名前を奪っていった者がいまもこうして平然と自身の名前を名乗っているということの意味を。こうして名乗りたくもない名を名乗らなければいけないことの苦痛を。 とうとう面倒な申立人にからまれてしまった。つまらないハズレクジを引いてしまったな、と思われたかもしれません。しかし、それが裁判官としての判決を下すということの重みであるということもあなたは承知しているはずです。たしかにあなたは国家機関の一部として職務を遂行する公務員のひとり、組織の歯車のひとつにすぎません。しかし、それでもあなたは氏名の保持者であるということ、私の生を決定的に左右することになる判決の責任の主体として名乗りをあげているのは足立瑞貴以外にないということもまた事実なのです。 そうである以上、すくなくともそれなりの論拠を持った審判を期待していましたが、いざ目を通してみて、そのずさんさに虚をつかれる思いがしました。あなたはきっと、氏名変更をめぐるさまざまな判例を注意深く読みこんだことでしょう。戸籍法にも目をとおし、氏の変更には「やむを得ない事由」、名の変更には「正当な事由」が必要であることを再確認した上で、その解釈をめぐって自分なりの思慮をめぐらせたことでしょう。あるいは、唄孝一のような法学者の学説を参照し、「結局各個別事件に対する個々の裁判官の自由裁量乃至主観にもとづく、具体的判定にまかされるほかない」ことを自覚した上で、先学の顰に倣おうと努めたのかもしれません。あるいは、2015年にマイナンバー制度が施行されて以来「特定個人の同一性」をめぐる行政のあり方が変化していること、統一教会への解散請求をめぐって宗教二世問題が衆目を集めていることを勘案した上で、現代においてなせることを見極めようとしたかもしれません。あなたが踏んでいったかもしれないそういった手続きに思いを馳せながら、わたしはあなたの言葉を吟味しました。そして、不服申立てをするほかない、と底しれない怒りに震えながら思いました。 判決文のなかであなたは「呼称秩序の維持・安定という利益と、個人の意思の尊重という利益の比較考慮」をしつつ申立を検討した結果、「[私の戸籍上の氏名の]いずれもそれ自体から旧統一教会との関連性を直ちにうかがわせるものではなく、申立人が同氏名を名乗ることにより精神的苦痛を受けているとしても、それは申立人の主観的な感情にとどまるものといわざるを得ない。前記のとおり氏及び名が社会的に重要な機能を果たしており、その変更には厳格な要件が課されていることに照らせば、申立人の主観的感情のみをもって、氏を変更する『やむを得ない事由』や、名を変更する『正当な事由』があるとは認められない」と結論づけています。 あなたのいう「厳格な要件」については、どこにも示されていません。ただ、あなたの演繹の前提として、精神的苦痛という感情(感情とはそもそも主観的なものです)の一種にとどまるものはその要件にはあたらないらしいということは、漠然と理解できます。そして、そのように考える根拠となるのが、これまでの判例ということになるのでしょう。しかし、あなたの判決にはいくつかの致命的な問題があります。論をずさんにさせているのは何より、個人の意思と秩序の維持の二つを天秤にかける「比較衡量基準」を上辺上は採用しておきながら社会的相当性のみを問題とする「社会的相当性基準」に拠っているという点ですが、さらに根深い問題があります。だからこそ、これからは東京高等裁判所において、あなた自身の言葉を検討の遡上にあげてゆくことになります。 ここではそれに先立ち、二点の問題を指摘したいと思います。なぜそれをここでするのか、そもそもなぜわざわざあなたにあててこの書状を書いているのかといえば、統一教会という社会問題を法廷という密室に閉じこめないためです。端的にいって、これは私自身の感情的な問題なのではなく、宗教二世一般に関わる人権問題です。それを司法の密室のなかで主観の問題として切り捨てようとするあなたの所作は、統一教会が社会問題化されずに国ぐるみで見過ごされつづけている現状をいたずらに再演するだけのようにも見えます。そして結局のところあなたの言葉は、統一教会問題というものが、単なるカルト問題ではなく、そもそも日本という国の人権意識や遵法意識の低さに起因するものでもあるということをはからずも露呈してもいるのでしょう。 第一に、あなたの判決は、わたしの人格権や幸福追求権、自己決定権を踏みにじるものです。わたしはあなたの判決を「自身の存在自体を否定したいほどの精神的苦痛」の源になっている氏名をこれからも「呼称秩序の維持・安定」のために名乗りつづけろ、という宣告として受けとりました。そこまでしてあなたが守りとおそうとする秩序とは何か、という疑問もよぎりましたが、なによりそれは、違憲なのではないか、という思いにもさいなまれます。日本国憲法第十三条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」という規定があります。では、国民であるわたしは国家公務員であるあなたから個人としていかなる尊重を受けたのでしょうか。わたしはただ、統一教会という反社会的な組織によって生まれながらに与えられたコードネームではなく、わたしが一個人としてこの世界に存在できるような名前がほしいだけなのです。 第二に、あなたの判決は、わたしの精神的苦痛を一個人の感情として切り捨てることによって統一教会による組織的な犯罪の被害実態を隠蔽するものです。あなたは「[私の戸籍上の氏名は]旧統一教会との関連性を直ちにうかがわせるものではない」と主張します。しかし、あなたはわたしの名が組織的な生殖行為や命名行為の産物であるということを知っているはずです。そんなあなたの口をついて出てくるこの言葉からは、いくつもの隠れ蓑(ファイヤウォールといいます)を通して組織的な犯罪を繰りかえしてきた統一教会を意図的に見過ごしてきた国の姿勢、法匪たちの姿勢があらためて思い起こされます。あなたはそのような国ぐるみの隠蔽があったからこそ安倍晋三銃撃事件が起きたこと、それが引き金となっていま組織的な犯罪の被害実態が明らかになりつつあることも知っているはずです。そんな状況下で、あなたはあなた自身の手によって統一教会問題の被害者の訴えを単なる個人の恣意としてもみ消すことにしました。しかし、私の氏名変更の訴えは、単に旧氏名がこのわたしの気に食わないという感情的な話なのではなくて、歴史的かつ組織的な被害、法的な裏付けの可能な被害をめぐる訴えなのです。 これから東京高等裁判所でどのような判決が下ることになるのか、いまのわたしには想像もつきません。わたし自身の素朴な願いとしては、氏の変更はともかく、名の変更に関しては決定を覆したいと考えています。その後の最高裁では、氏についての議論を深めることになるでしょう。わたしはあなたの判決をある種の挨拶代わりのジャブとして受けとめましたが、いまになって思えば、これは統一教会への解散請求をめぐる流れのなかでのある種の試金石といえるものになったのでしょう。今月中にでも統一教会への解散請求命令が出されるのではないか、と世間ではささやかれています。そんななかでいまこの私が強く思うのは、統一教会を解散させることによってはなにも問題は解決しないということです。憲法によって守られているはずの個々人の尊厳を踏みにじるこの国のあり方こそがいま問われているように思われます。

4 Mar 2025 · y. nonami

生きのびるための改名⎯⎯統一教会の二世が東京家裁に氏名変更の申立をした経緯

私は統一教会の二世です。信者たちが組織的な生殖行為に加担させられることよって生を受けた者です。山上徹也さんのように生後になってから親に連れられて入信した「信仰二世」との差別化をはかるため、教団の内部では「祝福二世」とも呼ばれています。あるいは「神の子」ともいいます。 2024年12月12日に共同通信やNHK総合によって報じられたとおり、私は今年の夏に帰国後、東京家庭裁判所に氏名変更の許可を求める申し立てをしました。申し立てが受け入れられる公算は決して高いわけではありません。とりわけ氏の変更にはさまざまな困難が伴うことになるでしょう。それでも今回の申し立てをしたのには、それなりのわけがあります。 個人的には、教会によって与えられた氏名を名乗ることに耐えがたい苦しみを感じている、というのが理由のひとつです。この氏名のために何度となく自殺をしたいと考えてきました。一方、それとは別に、そもそもこの自分たち祝福二世とはいったい何者なのか、ということを今回の申し立てをとおして自分なりに明らかにしたいという思いもあります。これはなにより、同じ苦悩を抱えこんできた神の子たちへの呼びかけでもあります。統一教会問題にたずさわる司法関係者や医療従事者、メディア関係者だけではなく、なにより同じ二世にむけて書かれています。 そこで、祝福二世という存在をめぐるひとつの問いから話を起こしてみたいと思います。それは、祝福とは呪いのことではないのか、という問いです。呪術的なものから縁遠くなってしまった現代においては、きっと奇妙に感じられることでしょう。それでもたしかに、祝福二世には呪いと呼ぶほかないものがかけられているような気がするのです。ひとことで言うと、自分を生みだした教義に背こうとすればするほど自殺するほかなくなるという呪いです。2024年11月26日の記者会見の折にも述べましたが、実際、これまで多くの祝福二世がどこまでも透明な存在になろうとするあまりに命を絶ってきました。今後も、安倍晋三銃撃事件によって引き起こされた衝撃の余波のなか、統一教会への解散請求をめぐる動きのなかで、自殺者が出てくることになるでしょう。 この呪いはもちろん、ファンタジーの世界で描かれるような神秘的な力などではありません。そうではなく、それは物語の力です。物語とは、とても簡単にいえば、言葉によって形作られた現実のことです。これから、その圧倒的な現実がいかなるものなのかについて述べます。まずはその足がかりとして、統一教会の教義を簡単に紹介させてください。 統一教会の教えと実践、その結晶としての神の子 統一教会の教義の核心にあるもの。それは「復帰」という考え方です。復帰とは、神の意志に背いて繰りかえされてきた人類の歴史の失敗をやりなおすということです。失敗の形はさまざまですが、その最たるものは、神を中心とした家族作りの失敗です。教会によれば、神は「真の家庭」を築くための男女として、アダムとエバを創造しました。ところが、エバはサタンと不義の交わりをすることで血を穢してしまう。さらにその体でアダムと交わり、穢れをある種の性感染症のようにうつしてしまう。穢れは原罪として子々孫々に伝わり、そのために人類は一度たりとも神を中心とした真の家庭を築いてこられなかったといいます。 教祖の文鮮明は、そんな歴史の失敗の巻き返しのために遣わされたメシアを名乗りました。ここでは復帰のことを英語で「リバーシー」と訳してみてもいいかもしれません。あるいは「オセロ」という類似のボードゲームのことを思い起こしてもいいでしょう。というのも、エバとサタンとの交わりが穢れの発生源であるのなら、今度はメシアとの交わりによってそれを打ち消し、血を浄めることができる、と考えられているからです。そうしてある種の血清を得た女たちがほかの男たちと交わることで、いわば正の感染爆発パンデミックが起き、人類全体の血が浄化されてゆく。そして、そんな男女たちが産みだした子は、メシアのように生まれつき原罪がないとされています。以上の考え方に基づいた組織的な生殖行為の実践はかつて「血分け」と呼ばれていました。 血分けは現在、あからさまな形では行われていません。そのかわり、それを象徴的な形に置きかえたものがあります。それが「祝福」です。世間では「合同結婚式」の名で知られているものです。祝福を受けた男女の信者は、指定された体位での生殖行為に手をつける前に「真の御父様」であらせられる文鮮明の血と愛の象徴が溶かしこまれているとされる聖酒を飲み、さらにはそれを体の各所に塗って身を浄めます。そうして象徴的にメシアと交わり、メシアの所有物になった上でこそ、真の家庭を築くことができると考えられています。 ここで押さえておかなければならない点があります。祝福二世というのは、合同結婚式に参加した男女がたまたま結果的に生むことになった子供ではない、ということです。そうではなく、家族作り、子作りこそが信仰生活の最大の目標だということ、だからこそ信者による生殖行為が組織的かつ意図的に実践されているということ、そのような実践の確かな成果物こそが、いわゆる祝福家庭であり祝福二世であるということです。 以上のことから、祝福二世が神の子と呼ばれていることの意味も明確になってきます。それはつまり、世俗的な意味での家族の子、人の子ではない、ということです。祝福二世はなにより、統一教会という神を中心とした大家族を構成する兄弟姉妹のひとりであり、文鮮明という現人神の赤子だということです。 このような大家族主義的な考え方は、一世信者とその肉親との関係を損なってきたものでもあります。特に1960年代から80年代にかけて入信した一世たちの間では、教祖こそが真の親、教会こそが真の家庭であり、肉親は穢れた俗世界にとらわれた偽りの親である、と考えられてきました。統一教会は英語圏では「文」という教祖の姓にちなんで「Moonies」つまり「文の一族」と呼ばれることがありますが、まさにこの大家族主義を端的に示すものです。世代が下ることになっても、それが今度は一世信者と二世との間の親子の絆を否定してゆくことになります。教会の言葉を使えば、信者たちの肉体はあくまでも「神の愛の王宮」にすぎません。そこで信者たちはある種の産む機械となって子作りに励むことになりますが、その結果生みだされてきた子は真の御父様の穢れなき血を引くものだと考えられています。 ところが、この大家族主義はまさにそれが組織的であるがゆえにひとつの重大な歪みを抱えこむことになります。それは、真の御父様は、子供たちに絶対的な愛と服従を求める一方で、現実の子育てに関与するわけではない、というものです。この非対称性の結果、現実においては、真の親の不在の家庭が生まれます。そこにいるのは一世も二世も含めた神の赤子たちだけです。それこそが合同結婚式によって組織的に作りだされてきた祝福家庭の内実です。人によっては、そこに天皇による人間宣言によってはじまった戦後という父なき時代の反映を読みとることもできるかもしれません。天皇は偽りの父であり、日本は偽りの国家なのだという嘆きもかすかに聞こえてきます。このことを祝福二世の目線でとらえると、彼らは世俗的な意味での家や親を奪われたみなし子の生、真の御父様からは遠く隔てられた生を与えられることになります。個々の事情はさまざまに異なりますが、基本的にはこのような実存の状況が現実に組織的に生みだされてきたといえるでしょう。 こうした状況を文字通り祝福ととるかどうかは、二世次第です。とはいえ、統一教会が反社会的で悪質な組織とみなされており、実際に無限の自己犠牲を信者に要求することでその生活を破壊してきた以上、祝福二世がなんらかの不遇を強いられることになるのは間違いありません。ときには不遇を信仰の力によって祝福に転嫁できるような場合もあるかもしれませんが、多くの二世は不遇から逃れ、自分自身の生を切り開こうとします。彼らがみずからにかけられた呪いに気づくことになるのは、まさにそのときです。 そこであらためて、祝福二世にかけられた呪いとは何かという問いに戻り、そのメカニズムを明らかにしなければなりません。 壮大なはったりによって組織的に生みださるということ 呪いとはなんらかの神秘的な力のことではなく、言葉によって現実を形作る物語の力のことである、と先に述べました。ここではそれを、騙りの力、でっちあげの力、ペテンの力と言いかえることもできます。英語では「トリック」と言えるでしょうか。ペテン師のことは「トリックスター」と言ったりします。日本語には「鷺を烏と言いくるめる」といった表現があるように、トリックスターは物事を逆転させることを得意とします。 トリックスターの一例として、シェイクスピアの悲劇『オセロ』の登場にするイアーゴという男を挙げることができるでしょうか。ちなみに、オセロというのは、物語の主人公であるヴェニスの軍人の名前です。彼が黒人であるのに対してその妻のほうは白人であることにちなんだのがボードゲームのオセロなのでしょう。あらすじをひとことで言えば、オセロが妻を殺した挙げ句に自殺する、という話です。なぜそんなことになってしまうのかというと、オセロが腹心のイアーゴにありもしない作り話を吹きこまれたからです。いわく、あなたさまの妻はあなたさまに不義をはたらいております、と。オセロはそこで嫉妬にかられて妻を殺します。オセロは生真面目ゆえに、物語を真に受け、丸めこまれてしまうのです。そしてついにはみずからの命まで絶ってしまう。それがトリックスターによる騙りの力です。 統一教会の教祖である文鮮明もまた、すぐれたトリックスターでした。王位につくためには奴隷の身にもならなければならない、という若いころの発言にもよくあらわれていますが、文鮮明は二つの極をさまざまに設定した上で、それを反転させる術を心得ていました。そしてその十八番こそ、前述の「復帰リバーシー」なのでした。トリック自体はとても単純なものです。 文鮮明はまず、われわれ神の側とサタンの側という線引きをします。次に、この世界のあらゆるもの(万物)はサタンに奪われているとします。そして、それをわれわれ神の側に取り戻すこと、黒く塗りつぶされたオセロの盤面をすべて白へと反転させることこそがメシアの使命なのだとします。では、そのためにどんな実践が必要なのかといえば、この自分とのセックスということになります。この大ぼらに神学的な信憑性を与えるため、文鮮明はまず、サタンとエバとの呪われた交わりのエピソードから話を起こし、忌まわしい現状の青写真となるようなひとつのネガを用意します。その上で、その極となるポジティブな世界線としてメシアとの性交を提案する、という流れです。このようにある種の蝶番となって世界の反転を担う者こそがトリックスターなのです。 統一教会の一世は、トリックスターによる煽りを真に受けてしまった者たちだと言えます。トリックを解消するには脱洗脳デプログラミングの手続きを踏むことになります。信者はその過程で、神とサタンという二分法に丸めこまれるままに世界を単純化するのではなく、世界をありのままの複雑なかたちで見ることを受け入れることになるでしょう。このこと自体は単なる発想の転換の問題にすぎません。そこで詐術に気づいた末、元の世界に「再復帰」することができればそれでいいし、それができず、シェイクスピアのオセロのようにみずからの命を絶つようなことがあれば、それは単なる悲劇ということになるでしょう。事態が込みいるのは、でっちあげを吹きこまれるままにひとりの人間を現実に生みだしてしまったとき、つまり物語の命じるままに祝福を受けた男女が子作りをするという喜劇的なハッピーエンドをむかえてしまったときです。 神の子がある種の喜劇の渦中に生みおとされるということ。たとえそれが一世にとっては受難に満ちた信仰生活のひとつの目的エンドだったのだとしても、二世にとっては覚めない悪夢の始まりにすぎません。悪夢のなかで、あなたは神の子なのだとささやかれつづけます。そして、俗世はサタンの穢れに満ちているので、決して神様の庇護の外には出てはいけない、と命じられます。しかし、それでいて、肝心の父なる神はどこにもいらっしゃらず、神の子たちが神への愛の結晶として生みだされ、息をしていることにさえ気づかない。それゆえに、多くの祝福二世はみずからの不遇のなかで、やがて自分たちを丸めこんでいる力に気づかされることになります。 おかしいのは俗世ではなく、わたしたちのほうなのではないか、という疑問がよぎります。疑問を突きつめてゆくと、清らかな血を引いた神の子とされる自分のほうこそ、おぞましい化け物なのではないか、という思いにもさいなまれることになるでしょう。元古参信者のひとりが出版した『六マリアの悲劇』という暴露本の副題「真のサタンは文鮮明だ」が物語っているように、メシアというのは、エバと交わったサタンを反転させることによってなりたっています。それを再反転させれば、鷺が烏になる。結局のところ、オセロの石には白と黒の両面しかない。白でなければ黒になり、黒でなければ白になる。両者のあわいになるようなグレーゾーンがないのです。 それこそが祝福二世を苦しめる呪いです。それはつまり、いずれにしても自分自身は普通の存在ではありえない、という呪いです。自分が何者かであるとすれば、鷺のように清らかな神の子か、烏のように穢れた化け物になる。そのどちらか以外の何者にもなりえない。というのも、一世には帰るべき場所があり、再復帰すべき「普通」があります。それに対して、祝福二世は生まれながらにそのような場所をはじめから奪われています。なぜなら、人生のどこかの段階で詐術に丸みこまれたのではなく、そもそもみずからの家庭環境やみずからの肉体そのものが詐術の結晶にほかならないからです。そんなはったりを否定することは、みずからの存在の否定を招いてしまうのです。 ここまではこのように言葉を重ねることによって、祝福二世のおかれた実存的な状況について述べてきました。すでに明らかなように、統一教会の教えを踏まえ、それがある種の呪いや物語として作用しているということを理解することなくして、祝福二世の苦しみの所在は見えてきません。とはいえ、祝福二世にかけられた呪いをとても端的な形で体現しているものもあるのです。それこそが祝福二世に与えられた氏名です。 氏名という呪い、あるいは愛の紐帯 氏名は、近代の典型的な「家庭」、すなわち性愛によって結ばれた異性(ないし同性)とその子供たちを核とする世帯において、親から子に与えられる最初のものです。氏名を与えられるということにはさまざまな社会的な働きがあり、現実にさまざまな帰結を伴います。そのひとつに数えられるのは、子供の子供としてのアイデンティティのよりどころになる、というものです。ようするに、氏名をとおしてこそ人はだれかの子供でいられるのではないでしょうか。 子供は人生のどこかで「自分は何者なのか」という問いに直面することになるかもしれません。氏名はそこにさしあたりの答えを与えてくれるものであり、そもそもそのような孤独な問いを抱いてしまうことから未然に子供たちを遠ざけてくれるものでもあります。 自分が◯◯家の一員の◯◯であるということ。多くの場合、それは子供にとってポジティブな意味を持ちます。というのも、子供はしばしば両親の愛の結果として、さらには個人の幸せを願われた愛の対象として、世界に生まれおちてくるからです。そのような存在としての〈子供〉が発見されたのが、そもそも近代という時代なのです。子供の発する「自分は何者なのか」という孤独な問いが愛によって報われる時代です。 そんな時代において、子供が両親(あるいは、そのどちらか)と同じ「氏」を持つということは、言語学的な観点においても、みずからが帰属するひとつの「ウチ」を持つということでもあります。日本語において、よその家の人は基本的に氏によって名指されます。たとえば、近所にフグ田マスオという人が住んでいたとして、その人のことを「マスオさん」ではなく「フグ田さん」と呼ぶからこそ、その人が自分のウチの外にいることが明確になる。なぜなら、近代社会の伝統においては、同じウチの者は同じ氏を共有しており、そうである以上、同じウチの者が氏によって名指されることはなく、それゆえにこそ、氏で呼ぶということが部外者の印になるからです。 同じウチの者同士の呼称に関して、やや特別な規則があります。それをひとことで言うと、年少者は年長者によって名指される(たとえば、姉が弟を「カツオ」という名で呼ぶが、弟は姉を名指せない)というものです。多くの核家族においては、まず「パパ」や「ママ」、あるいは「お父さん」や「お母さん」をかたる年長者がいます。そして、その対になるものとして、子供はたとえば「のび太」として名指されることになります。つまり、近代の日本語において、親から与えられた名というものは、いかなる文脈からも切り離された固有名としてあるのではなく、なによりも親族の呼称の体系のなかに居場所が与えられているということです。そして「のび太」という名であれば、そこにはきっと、のびのびと育ってほしい、といった願いでもこめられているのでしょう。愛は切なる願いの形をとり、名がその結晶となります。このように、近代的な家庭において、氏名は子供の子供としてのアイデンティティを支える上での重要な役割を果たしています。 以上のことを踏まえると、統一教会がいかなる時代錯誤をしているのかということ、それがいかに祝福二世を苦しめているのかということが見えてきます。前述した統一教会の大家族主義は、異性(ないし同性)間の性愛や親子間の家族愛を核にして成りたつような「家庭」を偽りとして退けます。つまり、統一教会のいう復帰とは、近代的な家族観の否定のことでもあるのです。それはあらゆるものを真の御父様を中心とした一つの家の屋根の下に組みいれようとします。歴史的には、それはかつての日本で喧伝されていた八紘一宇という儒教思想の焼きなおしということになります。 そんな統一教会が組織的に行ってきたことがあります。祝福家庭に生みおとされた神の子への名付けです。生みの親には命名をさせない。そうすることで世俗的な親子の紐帯に楔を打ちこむことができます。そこではさらに、あらかじめ定められた漢字が用いられることによって、同じ大家族の兄弟姉妹のひとりであるという烙印が押されることになりました。ここでは一例として、1982年の合同結婚式でできた祝福家庭における名付けを見ておきましょう。公称では六千組の男女が参加したということから、彼らは「六千双家庭」とも呼ばれています。統一教会のウェブサイトに掲載されている命名文字一覧によれば、その子供たちの命名には下記の漢字のうちのいずれかを使用しなければならないことになっています。 男子:福、秀、興、孝、聖、国、権、顕 女子:佳、仁、誉、情、香、蘭、多、利、思 これらの漢字は真の御父様の近親者の名にちなんだものであると考えられます。メシアとして血分けの実践をしてきた真の御父様に多くの隠し子がいることは間違いありませんが、父として正式に認知した子供は下記の十四名ということになっています。 文孝進(長男、洪蘭淑と結婚)、文興進(次男)、文顕進(三男)、文国進(四男)、文権進(五男)、文栄進(六男)、文亨進(七男) 文誉進(長女)、文恵進(次女)、文仁進(三女)、文恩進(四女)、文善進(五女)、文妍進(六女)、文情進(七女) 六千双家庭に生まれた祝福二世たちは、たがいに兄弟姉妹として同様の漢字を共有しているだけではなく、文鮮明の子供たちとも共有しているということになります。文鮮明の子供たちは真の子女の鑑であり、祝福二世はその似姿コピーであることが求められてきましたが、実際、薬物中毒や家庭内暴力、自殺、事故死といったスキャンダルの数々が報じられてきた真の子女と同様、祝福二世の多くが機能不全の家庭のなかでさまざまな困難を抱えてきたことは間違いありません。 では、これらのことはいったい何を意味するのでしょうか。繰りかえしになりますが、それをひとことで言えば、祝福二世は生みの親の子である以前に文鮮明の子である、ということです。つまり祝福二世は、合同結婚式によってできた祝福家庭に生まれながら、祝福家庭の子ではない。みずからがその氏を名乗る家庭の一員でありながら、そうではない。だからこそ、祝福二世は生みの親を「お父さん」や「お母さん」と呼びながらも、文鮮明のことを「真の御父様」と呼ぶことになるのです。このダブルスタンダードにこそ多くの祝福二世が直面しつづけてきた矛盾の核心があります。 ここでは「真」という形容表現がひとつの詐術として機能しています。「真」の裏には「偽り」があります。文鮮明こそが真の家庭の真の御父様であるからこそ、そのコピーである自分たちの家庭はすべて偽物であらざるをえない。このような板挟みの状況を端的に示しているのが、氏と名の不協和です。あるいは、神の子は氏名から二重に疎外されているといってもいいかもしれません。 第一に、教義においては真の御父様の血を引く者であるにもかかわらず、「文」を名乗ることが許されず、偽りの氏を名乗らされているということ。第二に、それとは反対に、現実においては偽りの家で暮らしているにもかかわらず、組織によって与えられた神の子としての名を名乗らされているということ。これらの矛盾のなかで、氏と名が噛みあわないままたがいの「真らしさ」を損なうことになります。 祝福二世においては、このことが「自分は何者なのか」という問いに答えることを著しく困難なものにしています。すくなくとも近代的な意味での愛によって、すなわち世俗的な家族からの解答によって、問いが報われることはありません。というのも、祝福二世は性愛の結果として生まれてきたわけでもなければ、親子愛の対象として生まれてきたわけでもないからです。では、何のために生まれてきたのか。何を原因として、また何を目的として、生まれてきたのか。この問いには、はじめから非近代的かつ明確な答えが与えられています。神の子は、真の御父様への愛のために、その結晶として生みだされてきています。ところが、現実には、その真の御父様から見放されている。真の御父様はそもそもそんな子供たちが彼への絶対的な愛と服従のために生身の体を持って存在し、息をしているということさえ感知せずにいます。 自分は神の子である、とみずからを詐術によって言いくるめることができなくなったとき、祝福二世の「祝福」は「呪い」へと反転します。山上徹也さんのような信仰二世であれば、自分は何者でもあるのかという問いに答えることはそう難しくないでしょう。さしあたりは、自分は山上家の子である、とか、自分は徹也と名付けられた者である、という答えが与えられるはずです。そうして、世俗的な性愛や親子愛を生の根拠とすることができるはずです。まさにそれゆえにこそ、山上さんはみずからの帰るべき場所を崩壊させた統一教会への怒りを抱くことができたのでした。 祝福二世には、自分がなによりも普通の「人の子」であるという答えははじめから選択肢にありません。みずからの生の根拠が教義の実践のなかにしかないからです。したがって、自分が神の子でもないとすれば、さしあたり自分は化け物であるか、さもなくば自分は何者でもない、ということになります。人の子であるということ、人として矛盾なく名乗ることのできる氏名があるということは、すでに自分が何者かであるということですが、祝福二世にはそれがありません。 ここには祝福二世に直面しているアイデンティティの問題があります。これは、いわゆるアイデンティティ・ポリティクスをめぐる議論とは異なっています。つまり、なんらかの当事者性や被害者性が問題になっているわけではありません。そうではなく、祝福二世にとって、アイデンティティは文字通り、自分は何者なのかという問いの困難としてあらわれています。この問いには答えがありません。祝福二世が訴えるべき被害があるとすれば、まずこの「ない」ということ、その身も蓋もない貧しさにあります。「ない」ものは見えませんが、祝福二世はたしかにそんな不可視の欠如にさいなまれています。 神の子にかけられたこの呪い自体は、組織的かつ構造的なものです。しかし、呪いへの対処の仕方はさまざまです。 私はといえば、氏名を変更することにしました。これはたまたま私が長らく日本を離れていられたこととも関係があります。私はフランスで暮らしていたのですが、そこで自分の氏名がアルファベットで表記され、フランス語風に発音されることが、私にとっての救いでした。日本にいたころとは別の自分自身を生きているような気持ちになれたからです。ところが、日本に戻ってきた途端、自分の氏名が呪術的なほどに生々しい漢字の表記を伴っていることに思いあたりました。そして、新しく出会った人に自分の姓を名乗り「◯◯さん」と当たり前のようにその姓で呼ばれるたびに胸が疼きました。なぜなら、それはなにより私にとっては祝福家庭の一員であることの印であるからです。その一方で、ひさしぶりに生みの母親にあたる女との再会をしたときには「◯◯くん」と下の名で呼ばれ、そのことにも強い不快感を覚えました。下の名で人を呼ぶことはその人を身内呼ばわりするということですが、その名もまた、私にとっては統一教会という大家族の一員であることの印でもあるのです。かといって女が私のことを「◯◯さん」と氏で呼ぶことはできない。祝福家庭の一員である彼女自身の氏と同じものでもあるからです。そのように考えると、今の私はこの社会において、さしあたり無名の人間になるほかないのです。 私自身は、一度として、自分の氏名を自分自身のものだと思ったことはありません。それは結局のところ、自分が本当の意味でのだれかの子であると思ったことはないためなのでしょう。生みの親にしても、真の御父様にしても、親であること、親として子を愛することを放棄しつづけてきました。生みの親はただ、埼玉県神川町にあるメッコール工場に招集された末、教祖の気まぐれひとつによって豚のようにつがわされ、組織の操り人形となって私を生みだしただけです。その後、私に虐待を繰りかえすことはあっても、親らしいふるまいをしたことはありませんでした。結局のところ、彼らもまた、真の御父様の愛に飢えた同じ屋根の下の兄弟姉妹たちなのです。ところが、真の御父様は私たち兄弟姉妹がこんなにも愛してやまなずにいることに気づいてくださらない。ただ、私たちが真の御父様の手足となって新たな神の子を生み育てることを漠然と期待なさるだけです。 いまになって思い出すことがあります。私の小学生のころの夢はホームレスになることでした。それを作文にしたところ、当然奇異の目でみられました。いま思えばあれは自分なりのSOS信号だったのでしょう。結局、それは単なる夢でなかったのです。自分自身が現にその渦中にいる悪夢なのでした。自分は現にホームレスであり、みなし子であり、存在が悪夢そのものなのでした。自分が自分でいられるために帰るべき場所のことをホームと呼ぶことが許されるのなら、私にははじめからそんなものはありませんでした。自分が自分らしくいられる名前もまた持ちあわせていません。私の氏も、私の名も、私には無縁なもの、無責任なものとして、私に張りついている。それを耐えがたいほど苦痛に思うホームレスのみなし子です。私はこの悪夢から抜けだすために、何度も自分自身の存在を抹消しようとしてきました。その最良の方法はこの肉体を破壊することだと長らく思っていました。しかし、もっと別の道があるのかもしれない。たとえば、氏名変更をすることで新たな生の可能性を探ることもできるのかもしれない。愛を、氏名を与えてくれる者がいないのなら、自分で与えるしかない、と今ひさしぶりのメッコールを手に思います。それが祝福二世としての自分にかけられた呪いから抜けだすための一つの手立てであるような気がするのです。

19 Dec 2024 · y. nonami

統一教会の二世として東京地方裁判所司法記者クラブで話したこと(2024年11月26日)

2022年7月8日に安倍晋三銃撃事件が起きて以来、統一教会(全国世界平和統一家庭連合)がこれまでに起こしてきた問題にあらためて光があてられるようになりました。そんななかで全国統一教会被害対策弁護団が結成され、被害者たちによる集団交渉の申し入れの手続きがすすめられています。 2024年11月26日には第九次通知が教団に送られ、訴えを起こしている被害者の数はあわせて194名となりました。また、同日の14時には東京地方裁判所の司法記者クラブで全国統一教会被害対策弁護団による会見が開かれ、赤旗や産経新聞、Yahoo!ニュースといったメディアでとりあげられました。 記者会見では新たに名を連ねた16人の被害者のうちのひとりが宗教二世として短い談話を発表をしました。参考までに、その原稿をここに載せておきます。 私は統一教会の二世ですが、正確には、いわゆる祝福二世というものです。祝福二世というのは、教会によって組織的に子作りをさせられた信者の子どものことです。神の子とも呼ばれています。 私は、今年の夏までフランスで大学教員をしていました。フランスは、日本に比べてはるかに気楽でした。なぜかというと、嘘をつかなくてもよかったからです。日本では、とにかく人を騙してきました。家族から虐待を受けてきたことや、狂信的な家庭で生まれ育った自分の素性というか、アイデンティティについて、ずっと隠しつづけてきました。そういう二世としての現実から目を背けるため、逃げるために、日本を出たのですが、そのおかげでフランスではほんとうにおだやかな暮らしができました。自分が二世であるということさえ忘れていたくらいです。ある意味、自分自身まで騙しとおせたということなのでしょう。 ところが、二年前に安倍晋三銃撃事件が起きて、ちょっと言葉にはできない衝撃を受けました。いままでの自分の人生はいったい何だったんだろう。嘘をつきつづけて結果がこれなのか、と思いました。自分のことがひたすら恥ずかしかったです。それで、今年の夏に帰国して統一教会にむきあうことにしました。そんななか、別の二世の方が集団交渉に参加して記者会見をなさったのを知りました。それに励まされて、こうして声をあげることにしました。 私がいちばん訴えたいこと。それをひとことでいうと、生まれたときから人間としての尊厳を踏みにじられつづけてきたということです。 祝福二世というのは、ひとりの人としてではなく、モノとして、組織のための道具として、神に絶対的な忠誠を尽くす兵士として、組織的に生みだされています。これは、統一教会の教義にかかわることなのですが、どの信者にも求められているのは、神の子を作るということ、家庭を作るということです。それが信仰生活の最大の目標です。家庭を作り、神の子を産むことができなければ、地獄に落ちると考えられています。だから、私にも生物学的な意味での両親がいますが、この二人は、教義のため、組織のために、組織的な縁組をさせられて、私を生まされたわけです。そして、神の子として生まれてきた自分も、次世代の神の子を産みだすことを求められます。 ようするに、信者の肉体というのは、神の子を生む機械のようなものだと言えます。教会の言葉では「神の愛の王宮」ともいいます。肉体というのは、自分の所有物ではなく、神の所有物だという考え方です。ひとりの人間として尊重はされていない。だから、そこでいろいろな人権の侵害が起きる。恋愛が禁止され、教育が軽視される。 私自身、実際、生みの親に親らしいことをしてもらった記憶はあまりありません。二人とも自分たちが親だという意識が完全に欠如していました。女親のほうは、ほとんど家にもいなかったし、男親のほうはたいてい自室にひきこもっていました。家はいつもごみ屋敷で、足の踏み場もありませんでした。彼らを含め、徹底的に自己肯定感を貶められてきた。自分自身、組織的に生み出されてきたわけなので、そんな化け物じみた自分自身の存在が苦痛でたまりませんでした。存在していることが苦痛でした。 統一教会の教義は神の子を組織的に量産しようとします。そんな教義を否定するいちばんの方法は、自殺をすることなのかもしれません。だから実際、多くの祝福二世が自殺してきました。つまり、教義によって生みだされてきたものが、その教義に背こうとするときには、自殺においやられるわけです。その悪質性、非人道性について、つきつめて考える必要があります。 人間には、人間としての尊厳があるのではないでしょうか。人は、モノではなく、人間らしく扱われなければいけません。これは当たり前のことですし、それを平気で踏みにじってくるのがこの日本という国なのだとも思うのですが、人はなにかの手段や道具として扱われるのではなく、その人自身の自由や幸福がなにより尊重されなければいけません。 だから、統一教会が組織的な形で信者に生殖を行わせているということは、決して許されていいことではありません。それは人間の尊厳に対する罪ですし、生まれてきた子どもたちは、自分が存在しているということそのものに一生をかけて精神的苦痛を感じつづけることになります。そのような子どもたちを生み出した統一教会に対して、然るべき法の裁きがくだされるのを願っています。 今回は、祝福二世という立場で私がお話をする機会をいただけましたが、統一教会の二世といっても、さまざまな二世がいて、それぞれの被害の内実は違います。たとえば、安倍晋三銃撃事件を起こした山上徹也さんは、いちおう、統一教会的には、信仰二世という立場にあります。そして、信仰二世のなかにも、いろいろな立場の違いがあるはずです。 それでも、ひとつ言えるのは、それぞれの仕方で、人生を損なわれたということ、人間としての尊厳を踏みにじられてきた、ということです。立場はちがっていても、その点できっと手をとりあうことができる。今回の私のお話がメディアにとりあげられるのかどうかはわかりませんが、もしなんらかの形で報道されることがあるなら、同じ二世に伝えたいこと、というか、過去の自分に伝えたいことがひとつあります。それは、自分たちは孤独ではない、ということです。自分もこれまでは圧倒的な無力感に打ちひしがれてきました。それで、現実からずっと逃げてきました。ほんとうは同じように苦しんでいる仲間がたくさんいるのに、過去の自分はそのことにも目を背けつづけてきました。 しかし、いまはちがいます。いまは、こうして声を上げる二世が出てきました。そして、この全国統一教会被害対策弁護団による集団交渉の枠組みのなかでも、その声がとりあげられるようになりました。弁護団のウェブサイトには、電話やメールでの相談を受けつけています。どうかいっしょに声をあげましょう。 写真 (c) 春増翔太 20240921

29 Nov 2024 · y. nonami

父、文鮮明のこと──負の現人神

自分は孤児なのだと思っていた。けれど、今になってわかる。それは単なる思いこみにすぎない。自分には文鮮明という父がいたのだった。自分が真まことの御父様の子、神の子でしかないということを安倍元首相銃撃事件によって思い知らされることになった。死の余波にこんなにも震えつづける存在、こんなにも動揺する自分はいったい何者なのだろう。その震えをたどってゆくうち、権力者の肉体に穿たれた豆粒のような穴に湧く血の海のなかから真の御父様の笑顔が浮かびあがってきたのだった。結局おまえだったのか、と息をのみ、正直とまどう。そのとまどいを形にしようとして、いまこれを書いている。 文鮮明が自分の真の御父様であるということは、比喩として受けとってほしくない。もちろん生物学的にはどの個体にも発生の起源としての生みの親がいるとするなら、そのような意味での親ではない。けれども、人の世の約束事としての親子関係においては、自分が文鮮明という比類なき色魔の子であるということには疑問の余地がない。お約束としての親子関係は、ジェンダーやセクシュアリティがそうであるように、生物学的にもっともらしい根拠に寄りそうかたち、自然を装うかたちで押しつけられる。幼児は非力なまま人の世に投げだされるから親子関係の押しつけに耐え忍んだり甘受したりすることによって生存をゆるされる。僕もはじめは、自分の生物学的な起源でしかないふたりの人間との親子の絆を信じてきた。それがある一面においては一つの吹きこまれた作り話にすぎないことには気づかずにいた。 その一方で、早くから無償の虐待を受けてきたためか、かれらを親というよりも同じ動物として侮る気持ちがあった。寝こみを襲って殺すという考えが何度となく頭をよぎった。けれども、怒りを通りこした蔑みを募らせてゆくうちに、ただひたすら関わりあいになりたくないとだけ願うようになった。中学卒業後は高校に進学することなく、ひとり暮らしをはじめることになった。そのときに追ってきた男、父を名乗る男と揉みあいになった末、自分の力が上回っていることを知り、殴る蹴るの暴行を加えながら言いしれない不快感に苛まれたときのことを覚えている。息子と思いこんできた男の拳がみぞおちに食いこみ唸り声を挙げながら地に倒れ悶え呪詛を吐く男。その顔を蹴りあげ踏みしめ、もう二度と顔を見せるなと言いふくめた。 この男もその女も自分自身も文鮮明の子に過ぎないということに思いあたり、筆舌に尽くしがたい怒りを覚えたのは、そのときのことだった。外の人には奇妙に聞こえる言い方をすれば、目の前で苦悶する男は自分の兄弟姉妹のひとりでもあったのだった。妻を持ち、子を持ち、父になってもなお、男は文鮮明の子でしかない。男の妻は、なにより文鮮明の妻(統一教会では「相対者」という)である。男は恐れ多くも自分の父である文鮮明の女に手をつけているにすぎない。真の御父様の身代わりとして肉の器になり、新たな神の子を産み出してさしあげているというだけのことなのだった。このような血縁関係のねじれが、性の愉楽の教団であるというほかない統一教会の教義の核にある。それを紐解くうちに見えてくる糸口、この震えとこのとまどいとを解く糸口があるような気がして、いまこれを書いている。 真の御父様の聖/性なる力 僕の生みの親には三つの興味深い共通点があった。まず、1955年生まれ、いわゆる55年体制のはじまった年の生まれであること。つぎに、父親を幼くして失っていること。そして、1982年に行われた統一教会の合同結婚式(「祝福」ともいう)の参加者6000双のうちの一組だったということだ。女の方は宮崎県都城市で一人娘として育った。七歳のときに父親が家の外で複数の女を作った末に蒸発した。それで心に穴でも開いたのかもしれない。高校を卒業後には集団就職で八王子の工場に勤めはじめた。学費を貯めて上智大学に通い、修道女になるという夢があったらしい。そんななかで教団のマインド・コントロールを受けて信者になり、人生の一切を投げだすことになる。他方、男の方は愛知県名古屋市の出身だった。四歳のときに伊勢湾台風に見舞われ、父親が行方不明になった。それを機に、母親といっしょに伯母の家族に身をよせて育てられた。それが後に家族ぐるみで入信し、土地をはじめとする一切合切を教団に捧げることになった。物語への免疫、物語への節操のないひとたちなのだった。 そんな二人の人生が1982年のソウルの蚕室チャムシル体育館で交差することになる。そこで「祝福」を受けたのだった。家畜を交配させるような手付きでマッチングは行われる。事前に登録された信者(「食口シック」という)の素性や経歴をもとに適宜組みあわせられてゆくだけで、そこに本人の意志が介在する余地は一切ないし、拒否することも許されない。男と女は真の御父様の肉の器となり、産む機械となって繁殖をする。その結果生まれてきた二世たちを「神の子」という。文鮮明の「血を分けた」と穢れなき存在であると考えられるからだ。それはつまり、どういうことなのだろうか。萩原遼の『淫教のメシア文鮮明伝』に拠りつつ、統一教会の教義をまとめておきたい。 文鮮明は1920年に大日本帝国の皇民として生まれている。もともと文龍明(日本名は江本龍明)といったが、キリスト教においては龍が悪魔サタンの象徴であることに気づき改名している。平安北道定州郡徳彦面上思里2221番地に文慶裕の次男として生まれた。いまの北朝鮮の北部の片田舎である。本人自身「十二、三歳まではバクチの選手だった」1と悪びれた素振りを見せないように、救世主メシアらしからぬ少年時代を過ごしたようだ。家族も風変わりだった。野村健二の『文鮮明先生の半生』には次の記述がある。「文少年の十五歳の頃、わざわいはさらに文少年自体の家にやって来た。二番目の姉さんが発狂し、上を下への大騒ぎをしている時、兄さんまでが精神異常となった。ふだんは大人しい性格なのに、ばか力を出し、自分に従わぬ者は殺してしまうとどなって、屋上に飛びあがったり、飛び降りたり、……仕方なく手錠をはめたら、監視の目を盗んで手錠のまま逃げだし、はては怪力で手錠をこわしてしまうという始末。文家の人々はこれはただごとではないと悟り、勧められてキリスト教に入教した」2。その後、16歳のときにイエスが現れ、ヘブライ語なまりのある韓国語によって啓示を受けた、とされている。 文鮮明がこのとき特に傾倒していたのが、異端とされた一派、李龍道のイエス会だった。文鮮明は1934年の春に京城に上って五山高等普通学校に編入し、1936年から39年までは私立京城商工実務学校に在学していた。この時期に関して神学博士の朴英管が次の指摘をしている。「文鮮明は永登浦黒石洞で下宿生活をしながら学生時代に李龍道の集会に深くおちいり、彼はとくに李龍道のスエーデンボルグの愛についての議論にすっかりとらわれてしまった(中略)文鮮明はひきつづき彼らの追従者となったが、キリスト教会は彼らを異端だと断罪し、教会から追放した。そして日本帝国主義の宗教的弾圧に文鮮明は姿をくらましたのである。その後彼は国が解放されてふたたびこの原理を広めはじめた」3。この指摘がどこまで妥当なのかはわからない。というのも、李龍道自身は1933年に33歳で夭折しているからだ。いずれにしても、この時代にイエス会をはじめとする様々なキリスト教系のグループの薫陶を受けることになったのは確かなようだ。 文鮮明は1939年ごろに京城から東京の高田馬場に移り、日中は車引きなどの仕事をしながら早稲田高等工学校という夜間の専門学校に通った。1943年ごろに卒業し、1944年には鹿島組(現鹿島建設)の電気技師として京城で働きはじめたものの、終戦に際して職を離れることになる。1945年8月15日の帝国解体以降、もっといえば、人間宣言の出された1946年1月1日以降、弾圧されてきた様々な宗教が息を吹きかえしたり新しく芽吹いてゆくことになる。そのなかに金百文や黄国柱といったキリスト教神秘主義者たちの起こしたグループ、性愛を高らかに謳う後のヒッピーにも通じるようなグループがあった。かれらには血分け(피가름ピガルム)ないし混淫という考え方があった。統一教会の用語では血統復帰とも血代交換とも呼ばれているものだ。ひとことでいえば、原罪を持たない再臨の救世主である教祖と性交を行い穢れを浄化することで純血の血統を引くことができる、という考え方だ。必ずしも教祖と直接的なつながりを持つ必要はない。血分けは性病のような感染力を持つから、卑近な言葉をつかえば、教祖の穴兄弟(竿姉妹)になるだけで救済される。 文鮮明は帝国解体後の平壌やソウルで、金百文や黄国柱の取り巻きの女らのと血分けを行った。そうすることで、教祖の兄弟格になるとともに、教祖の血統を受けつぐ子の立場にもなった。たとえば、尹成範と卓明煥の『韓国宗教の流れ』には次の記述がある。「彼(黄国柱)は三角山に祈祷院を建て、“血分け”、“肉体分け”を教義として実際に教え、霊体交換を実現していたが、これが鄭得恩(女=丁得恩とする説もある)によって統一教の文鮮明と伝道館の朴泰善に伝授されたものである」4。これとは反対に、鄭得恩こそが文鮮明から血分けを受けた、とする統一教会寄りの説もある。たとえば、金景来の『原理運動の秘事』では次のように語られている。「1949年3月からはじまった朴泰善一派の混淫は、1947年5月に単身で北朝鮮の平壌から越境した文鮮明の一番弟子、丁得恩の布教で勧められた。当時、丁はソウルの三角山に住居を定め、現実教会の青年男女に混淫(霊体交換)の教理を問いた。[…]丁ははじめ三人の男に一週間に自分の尊い血(文鮮明から授かった)を分けてやった」5。丁得恩は自身を大聖母と称し、ひとりの教祖としても振る舞っていたようだ。実状は、様々な教祖がたがいの血を分けあいながら自身の勢力圏を広げてゆくような混血の戦国時代だったのだろう。そんな乱れた血分けのネットワークのなかで頭角をあらわしたのが文鮮明だった。『原理運動の秘事』には元信者である張愛三の次の発言がある。「日本帝国主義からの解放とともに、筍のようにできた教派の中でごく少数の信者を抱き込んだ教主文氏は、平壌市内の一信者宅から事をはじめ、その主義と目的を世界の統一に、その教訓は神の恵みを受けてエデンの園の復旧に努めているといいふらしながら、実の内面では男女信徒の貞操を提供するよう教えたり実行したりしていたのです」6。文鮮明の生活は淫蕩を極めていた。 萩原は文鮮明の初期の逮捕歴を次のようにまとめている。「最初の逮捕は1946年8月11日。文鮮明は、混淫による社会秩序混乱容疑で大同保安署(警察署)に三ヶ月勾留されたのについで、1948年2月22日、またも主婦・金鍾華さんとの強制結婚事件で内務省に逮捕された。このとき文には1946年3月に結婚した妻崔先吉さんがおり、一男聖進を設けていたが、妻子をソウルに置きざりにして平壌で別の主婦と強制的な結婚騒ぎを演じていたのである。4月7日懲役五年の判決を受け、文は、興南刑務所に服役することになった。[…]統一教会はこの二度の逮捕を、『共産党政府』による宗教弾圧であるかのように描きだしているが、罪名からして、破廉恥なものであることは隠しようもない」7。 文鮮明はその後何度も警察の世話になってゆくなかで、揺るぎない信念とともにあまたの淫行を重ねることになる。その信念を支えたのは、師のひとりである金百文による聖書解釈、特に創成期のエデンの園の物語の解釈だった。金百文によれば、エバ(イブ)が蛇にそそのかされて善悪を知る木の実を食べたというくだりは、エバが天使長ルーシェル(ルシファー)、つまりサタンと性交したことを意味している。そして、エバがその穢れた体でアダムと交わり、アダムをも穢したことで、カインとアベルをはじめとするその子孫たちに堕天使の穢れた血が流れることになったのだという。この罪を取り除くという「復帰摂理」のために降り立ったのが、清らかな血を持って生まれた救世主イエスである。イエスには人と性交することで血の穢れを取り除く魔法の力があり、その力には性病のような感染力もあった。にもかかわらず、イエスは独身のまま33歳で死んだ。イエスは自身の母親であるマリアをはじめとする女たちと交わり、血分けをすることで、女たちを「復帰」させる使命があったにもかかわらず、それを果たせなかった。それゆえ、イエスの霊はいまなお悔恨の思いに苦しんでおられる。そこで再臨することになったのが金百文であるという。文鮮明はこの教えを流用し、数ある模倣犯のひとりとして、自身こそ真の救世主であると吹聴してまわるようになった。 興南強制労働収容所(興南刑務所)に服役中、文鮮明は自分の右腕となる朴正華という男に出会った。朴正華は、やがて師に見限られた末に『六マリアの悲劇──真のサタンは、文鮮明だ!!』(1993)という手記を出版する。そのなかで、刑務所を出た後の夢を語りあったときのことを報告している。「これから先生はどういうことを行い、どうやって理想の天国を感性させていくのですか」8という問いに、囚人の文は次のような壮大な色情狂の夢を臆面もなく語ってみせる。 それは、イエスがこの世の中に生まれて達成できなかった、女の人たちとの復帰だ。まず、天使長ルーシェルとのセックスによって奪われたものを、それと同じ方法で、夫がいる人妻六人、すなわち六人のマリアを奪い取ることによって取り戻さなければならない。[…]汚れたサタンの血を浄めるため、血を交換する復帰をしなければならない。これを『血代交換』と言う[…]。六マリアを復帰したら、再臨のメシアは次に、セックス経験のない処女を選んでエバと定め「小羊の儀式」をする。アダムの再来であるメシアとエバは、真のお父様・お母様であり、その二人から生まれる子孫は、永遠に罪のない清潔な存在となる。[…]最初に再臨のメシアから復帰させられた女は、他の男の食口と、女が二回上になって「蘇生、長成、完成」の三回にわたる復帰をしてあげることができる。復帰を受けた他の食口は、違う女の食口たちとも、女が上で二回、下で一回セックスをして復帰させる。またその女の食口が、他の男の食口に、女が上になって二回、下で一回セックスをして復帰させる。こういうやり方で広まっていくことになる。 このとき、この教義の理論的な問題点に文鮮明がどれほど自覚的にむきあおうとしていたかはわからない。問題点とは、穢れを払う聖/性なる魔法の力が性病のような感染力を持ってしまうかぎり、つねに無数の新しい教祖が誕生してくる可能性があり、父としての文鮮明の女の一極支配が脅かされてしまう、というものだ。まさにそのような形、血分けを受けた亜流の教祖として成りあがったのが文鮮明そのひとである以上、この危険に気づいていたのは間違いない。実際、出所後にできた弟子のひとりが文鮮明の父権を揺るがす放蕩の動きを見せたときには注意深く退けられている。統一教会の聖歌を作曲したことでも知られる元無期懲役囚の金徳振である。金は文鮮明の教えを受けて次のように考える。 この原理をいち早く私は悟りましたねぇ。人間の身体をした神様(文鮮明)のセックスの輪をどんどん拡げていくことが、神様の希望を叶えることになる──。/もともと不良で、青春株式会社社長を自称して女遊びをやりまくっていた私は、ピンときた。これは罪ではなく、良い仕事なんだと。学生時代に日本で、喫茶店の女の子などを誘惑してその晩に犯したときなどは、罪の意識を感じたこともあった。だけど統一教会の復帰原理は、一所懸命にセックスに励めば励むほど、神の摂理に従うことになる──。/そこで私はまず、文鮮明とセックスして復帰した劉信姫さんから、「神様の尊い血」を分けてもらうことにしたのです。[…]それで私は、劉信姫さんと有難くセックスしました。彼女は夫のある身だったけど、欲求不満もあったんでしょうかねぇ。不良で助平で、大勢の女性と経験してきた私のテクニックに、もうメロメロになって喜んでくれましたよ。/「今までで一番良かった。文鮮明先生より何十倍も良かった」と言ってね。[…]文鮮明と復帰のセックスをした女は、他の男と血代交換のセックスをしなければならない。男は第二の女とやり、女は第三の男とやり、そして第四の女へとリレーをしていく……。こうして拡がっていくのが原理じゃありませんか。それによって世界じゅうの男女が血代交換され、身体の血代交換が進行し拡大することが、すなわちサタンの血を追放することになる──と、原理で文鮮明が教えているんですよ。/だから私は遠慮なく自信をもって、東奔西走で励みましたねぇ。ソウルはもちろん大邱でも釜山でも、キレイなべっぴんさんばかりを厳選して、十五~六人はやりましたかねぇ。ソウルで私が五人の女性とセックスしたのが、一週間後には何と七十二人の輪になったそうです。これも立派な原理実践の成果ですよ。9 淫蕩のスケールとしては文鮮明の足もとに及ばないと言うほかないけれども、元信者のこの証言は、文鮮明がいかにしてひとりの教祖に成りあがったかということを如実に示している。原理的には、このような新しい教祖の誕生を防ぐことはできない。かといって、聖/性なる魔法の感染力を否定することはできない。それを否定すれば、救世主は約70億にのぼる罪人たち、しかも日に日にその数を増してゆく罪人たちすべてと性交をしなくてはならなくなるからだ。さらにその実践には文鮮明の忌避する同性愛も含まれることになる。それゆえ「復帰」は無数の男と女のリレー形式で行われなければならず、そのかぎりにおいて教祖の父権はつねに脅かされつづけることになる。この危険を象徴的な教義や儀式の体系によって抑えこもうとする意志のなか、文鮮明を中心とする淫行グループは教団として組織化されていった。 統一教会のとりおこなった集団婚のうち、1960年と61年に行われたはじめの二つは、それぞれ「三組聖婚式」と「三十三組聖婚式」と呼ばれている。このときに文鮮明と混淫した女とその配偶者のことをあわせて三十六家庭という。朴正華はいう。「文鮮明が世界の人間をすべて復帰し、血代交換させることは無理なので、この三十六家庭だけを直接復帰(血代交換)させることにした。そのあとは、真の父母が『聖水』をまいて、新しく結婚する新郎新婦に祝福を与えるという形に変え、『合同結婚式』を行うことにした」10。聖水、さらに文鮮明が性行為の後処理に使ったとされる「聖布」によって結婚に臨む身体の外側が浄められ、その内側は「聖酒」を飲むことによって浄められる。この酒には「父母の愛」と「血」の象徴が注ぎこまれている。こうして救世主との性行為が象徴物に置き換えられることになった。罪深き女は、エバがサタンと交わったあとでアダムと交わったのと同じように、象徴的に文鮮明と交わったあとで男と交わる。このような儀式を確立し、システマティックな救済を可能にすることで、統一教会はその起源にあった聖/性なる感染力を封じこめ、教祖というただひとりの父の精力を特権化しようとしたのだった。 儀式によって文鮮明の血を分けあたえられたものは、みな真の御父様の子である。とりわけ、そんな父の子たちが産み落とした子、つまり二世は、生まれつき原罪のない清らかな血を持つもの、救世主と同じ立場のものとして生を受ける。二世は穢れた血を持つ部外者と交わってしまうことで堕落するとされているけれども、この後付けの話は二世の組織的な囲いこみのためだけではなく、文鮮明の精力を特権化するために考えだされたものでもあったのだろう。本当は、文鮮明がそうであったように、だれもが聖/性なる感染力を持ち、血分けの魔法使いになれる、ということを教団が認めることはない。 けれども、僕は神の子であるこの自分自身がもうひとりの文鮮明であること、無数の文鮮明のうちのひとりであることを知っている。そして、真の御父様への愛と呼ぶほかないものの導きによって、空の肉の器の交わりのなかで、この世に生みだされた化け物でもある、ということも知っている。穢れなき血をもった神の子の宿命として、この世のなによりも真の御父様を愛するように吹きこまれつづけてきた。いまでも覚えている。幼い勇気を振り絞り、統一教会は間違っている、と生みの母親に伝えたとき、そのことばはお前の存在そのものを否定することになる、と返された。その女の声に耳慣れないひびき、深い暗闇の底から湧いてくるようなひびきがあった。そのとおりなのだと、いまになって思う。真の御父様への愛によって産まれた以上、その愛の帰結である自分自身から逃げ出すことはできない。できることなら、その愛のすべてを真の御父様の肉体の一点に集中して、もうひとりの救世主として、御父様の肉体に注ぎこみお返ししてさしあげたかった。しかし、その御父様ももうこの世にいらっしゃらない。 合同結婚式によって神の子を産み落とすことは、ひとりの人間の全実在に対する罪であり虐待であること、ひとりの人間の尊厳や人権に対するあまりにも重大な犯罪であることは、疑う余地もない。けれども、そんな不遇のなかで、真の御父様がこの世にいらしてくださったこと、そして神の子のひとりである僕にも愛をお注ぎくださっていたことを、あまりにもありがたく思う。結局のところ、真の御父様がいなければ、いまこうして死の余波の痛みにふるえるような存在、この世界の痛みを感知する存在でさえありえなかったのだから。そして、この僕自身の存在の痛みを十全に感知してくださるのは真の御父様以外にはありえないのだから。 僕は同時に、真の御父様が極東の歴史の重みを背負うことで救世主としての使命を帯びた、ということも知っている。その点、自分は安酒のようなカルトによって生みだされた単なる化け物にすぎないわけではない、と信じているし、そう信じずにはいられない自分がいる。これは僕自身の信仰告白のことばでもある。そのようなことばによってしか「痛み分け」はできない。血分けと違い、痛みは、だれにでも、ことばによって、分け与えることができる。この列島では、天子様の言の葉によって、痛みを分けあうことができる。けれども、その痛みを裏付けることができるのは、血でもある。 二つのかけはなれた境遇の星が急接近するという七夕の翌日に、ひとりの権力者が血祭りにあげられた。そのとき、肉を食い破る鉄砲豆のような穴がこの世界に穿たれ、そこから浄とも不浄ともつかないものが生きているものの側のほうへ吹きだしている。それがひとをやさしく、うつくしくしてくれているのだった。もっといえば、ひとを傷つけながら生かすことで、この世界にみちている痛みをいささかほどでも感じとれるようにしてくれているのだった。フランス語には「sensibilité」という語がある。日本語では「感受性」とか「思いやり」と訳されたりする。とはいえ、もともと「sensible」という語には「感受性が強い / 思いやりがある」ということのほかにも「痛みや苦痛に敏感である」という意味がある。その文字を目で追いながら、自分の瞳の表面が鋭利な力によって深く切り裂かれてゆくところを思う。開いた傷口が、痛む。しかし傷そのものが痛みなのではなくて、傷が痛みを感知させる。フランス語の「sensibilisation」という言葉は日常的には「人の関心を喚起する」という啓蒙的な意味で使われているけれども、もとをたどればそれは第一に、傷を開く、ということだったのかもしれない。 この世界には痛みとして感知できないものがあまりにも多く満ちている。世界は基本的に、不感症なのだろう。ちょうど自分の体に穿たれた感覚器官の穴によってしか感受できないものがあるように、世界はつねにむき出しになって痛みに絶え続けているわけにはいかない。けれども、折に触れて、不意打ちのように、激しい痛みがおとずれることがある。このちいさな世界が7月8日以来の余波のなかでそれを感知しているのを目の当たりにして、ただありがたさとしか表現しようのないものが募る。それでもまだ、分けたりない痛み、感知したりない痛みがある。痛みを明らかにするためには、歴史というひとつの物語が必要である。 恨の錬金術師 2022年7月8日に起きた安倍元首相銃撃事件は、再臨の救世主としての文鮮明が背負ってきた歴史の重みと痛みを垣間見せるものでもあった。死は、ひとつの個体から痛覚を奪う。しかし、まだ生きている者たちは、死によって穿たれた穴をとおして、世界の痛みを感知することができる。また、その穴をとおして、ことばの導きの糸によって、過ぎ去ったものの世界の一端に触れることができる。神の子である僕自身は、神の名において、できることならみずからの手で真の御父様の肉体に愛の穴を穿ってさしあげたかった。けれども、今の僕には、身代わりとなった権力者の肉体に穿たれた穴をとおして亡き真のお父様へ愛を注ぐこと、そのためのことばを研ぎ澄ますことしかできない。ことばによって文鮮明の使命の重みを明らかにし、その重みによって死者のもとへ下ってゆかなければならない。 統一教会(世界基督教統一神霊協会)が正式に設立されたのは1954年、つまり朝鮮戦争終結の翌年のこと、日本で55年体制が立ちあがる前年のことだった。このとき、極東の情勢の変化のなかで、キリスト教に擬態した変態性欲の集団にすぎなかったものが、少しずつ形を変えてゆくことになる。そもそも文鮮明が興南強制労働収容所から脱走することができたのは、1950年6月に朝鮮戦争が勃発した後、同年9月に国連軍が囚人を解放したためだった。文鮮明は釜山まで南下して逃げ延び、飽くなき使命感に導かれて淫蕩生活を再開。おびただしい数の「六マリア」候補の人妻や「子羊」候補の処女との姦通をする。そのうちの処女の一人である金永姫が身重にになったのがわかると、適当な若者の信者をあてがい、日本に密航させてもいる。 朝鮮戦争は1953年7月に終わった。このときには、ソウル大学出身のインテリである劉孝元を引きいれ、教典の『原理原本』を書きあげさせていた。萩原は次のように言う。「文鮮明は、その説教にもよく現れているように大道香具師のような低俗な話しかできない男である。粉飾をこらさなくては普通の神経をもった人たちには、とうてい受け入れられるしろものではない。それをオブラートで包む役が劉孝元であり、彼の役割なしには、統一教会のいかがわしいセックス教義を、キリスト教でもっともらしくまぶして青年男女を幻惑することは不可能だったろう。劉は統一教会を少数の秘儀集団から、大衆的基盤をもつ宗教的なよそおいをそなえた集団に偽装させた知能犯といえる」11。劉は後に疎んじられて死に追いやられることになる。しかし、この劉によってはじめて「統一」という概念が強く打ちだされ、1954年5月にソウルで統一教会が旗揚げされることになるのだった。 淫奔なカルト集団の夢物語としては、統一とは、文鮮明という父の精力を中心にして世界を一つにすることを意味する。「天一国」の建国ともいう。これは聖/性なる魔法の感染力によって、いわば文鮮明という病原体のパンデミックによって実現される。その一方で、歴史的、地政学的な文脈のなか、政治的な物語のなかでは、統一は異なる性格も帯びる。それは、善悪の二分法のなかで敵を駆逐する、というものである。善悪の境界線は半島に物理的に引かれていた。38度線である。もともと半島の北限にある平安北道で生まれ育った文鮮明、北側の興南強制労働収容所から脱走し、半島の南端までほうほうの体で逃げのびていた文鮮明にとって、境界線の北側は「復帰=統一」すべき土地、共産主義の皮をかぶった敵サタンに不当に奪われた土地にほかならなかった。まさにそれゆえに、統一教会は朝鮮戦争後に固まった冷戦構造の前線において政治的な役割をになってゆくことになるのだった。 教会設立の年である1954年に、文鮮明は早くも兵役忌避や姦通の罪で再逮捕されている。とはいえ、そもそも宗教弾圧を推進してきた朝鮮民主主義人民共和国ではなく、アメリカの傀儡国として誕生した大韓民国政府による逮捕であるということが、統一教会の行く末を決定づけることになる。文鮮明はその後無罪釈放となってからも翌年に梨花女子大学事件を起こし、不法監禁の罪であらためて逮捕されるが、また不起訴になる。このときになんらかの政治的な力が働いたのではないかと萩原はいう。「彼[文鮮明]の有益性に着目したのは、おそらくKCIAの生みの親である軍の諜報機関CIC(陸軍保安司令部)であろう。1955年7月4日の文の逮捕から10月4日の「無罪」釈放までの三カ月間は、密室のなかで極めて政治的な取引きがおこなわれたとみられる。そうした取引きの存在をうかがわせるものが文鮮明の釈放後にいくつか浮かびあがってくる。韓国軍の若手の将校、しかも諜報関係のそれがあいつぎこの組織に加入してくるのである。[…]一人はのちのアメリカの統一教会の最高責任者であり、また文鮮明につぐ統一教会ナンバー2といわれる朴普煕。れっきとしたKCIAの要員といわれている。/他の三人は韓相国、金相仁、韓相吉。全員がのちKCIAの要職につく人物である。[…]この四人をパイプにして『朴政権が権力を確立するにつれて、文は新政府との良好な連絡をもつようになった』とフレーザー委報告は指摘する」12。 日本での宣教が始まったのもこのような状況下でのことだった。大阪で生まれ育った元皇民、国連軍の通訳将校でもあった崔奉春(西川勝)もこの時期に教団に送りこまれた者のひとりだった。1958年には密航船で日本に渡り、早くも翌年には日本統一教会を立ちあげている。このときの庇護者になったのが右翼のドンとも呼ばれた笹川良一である。萩原はいう。「文鮮明の逮捕にともなう密室の取引き以後、統一教会はある強権の意志が強く作用するようになったとみることができるのではないだろうか。1957年から58年といえば、新たな極東情勢の展開にともなって、日韓の国交正常化、日韓の緊密な連携が強く求められており、アメリカは日韓会談を推進していた。崔の日本密航、最初の統一教会の教義の播種も、こうした大きな政策の重要な一コマとしてとらえることが妥当ではないだろうか」13。 日韓基本関係条約は1965年12月に発効した。文鮮明はそれに先立つ同年の1月に10ヶ月に及ぶ世界旅行(第1次世界巡回路程)を始めており、このときにアイゼンハワー元米国大統領との会談を実現させている。その旅の始まりと終わりを結ぶのが日本だった。1月に来日の折には三笠宮崇仁親王をはじめとする皇族とも顔をあわせた14。その後、文鮮明の立ちあげたリトルエンジェルス芸術団の公演に皇室がくりかえし顔を出していることからも、統一教会と皇室との浅からぬ付きあいが伺える。1967年に再来日した折には笹川良一や児玉誉士夫らと会見し、翌年に笹川良一を名誉会長とする国際勝共連合を設立することになるが、このときにはすでに日米韓の右派をつなぐ重要なパイプの一つになっていた。統一教会が日本の信者から膨大な日本円を吸いあげて本格的な経済力をつけはじめるのは1970年代に入ってからのことなので、財力や動員力にものを言わせて政治に食いこんだというより、単なる卑猥な集団が統一教会として反共の立場をかためた1954年以降に右派勢力の政治的なはからいを受けるようになったと考えるべきなのだろう。 統一教会には反共的な世界観に加えて反日的な世界観も持ちあわせていた。送りこまれた武闘派の刺客によって滅多刺しにされることになった副島嘉和の『これが「統一教会」の秘部だ』によれば、統一教会の教義の核には朝鮮民族中心主義がある。そのことが日本語訳では注意深く削除されることになった『原理講論』の原文に示されているという。「古来より東方の国とは、韓国、日本、中国の東洋の三国をいう。ところでそのうちの日本は、代々天照大神を祟拝してきた国として、その上全体主義国家として再興期に当っており、かつての韓国のキリスト教を苛酷に迫害した国であった。そして中国は共産化した国であるため、この両国はいずれもサタン側の国家である。したがって端的にいって、イエスが再臨される東方のその国とはまさに韓国である……イエスが韓国に再臨されるならば、韓民族は第三イスラエル選民となるのである」15。文鮮明はサタン国である日本を愛する、という。だから、日本はそれ以上に文鮮明を愛さなければならないとも。文鮮明の発言録である『天聖教』には次の発言がある。 エバが堕落するとき、アダムを誘惑したのと同じように、必ずサタン側エバ国家がアダム国家を強制的にのみ込んで四十年間、四数蕩減路程を通過するようにするというのです。これが何かと言えば、四十年間韓国が日本に圧制を強いられたことです。[…]韓半島は何かといえば、男でいえば生殖器です。半島です。[…]生島国は女性の陰部と同じです。[…]日本が1978年から世界的な経済大国として登場したのは、エバ国家として選ばれたので[…]日本はすべての物質を収拾して、本然の夫であるアダム国家である韓国の前に捧げなければならないのです。16 文鮮明はここで、神=男=韓国とサタン=女=日本の対立軸を描きつつ、二つの地域を神話的なパースペクティブのなか、摂理の物語のなかに配置する。この物語のなかに通奏低音として流れるモチーフのひとつが「恨ハン」である。古田富建の『「恨」と統一教』によれば「『恨』は、古くは巫俗の用語として、『死者のやるせない思いややり残したこと』という意味で使われ、『恨プリ[恨解き]』は鎮魂儀礼の一つであった」17という。フランス語では「ressentiment」とでも訳せるかもしれない。日本語の「遺恨」や「根に持つ」という言い方にも通じるものがある。古田の議論のなかで参照されている文鮮明の発言を孫引きする。 韓民族は悲運の歴史を綴ってきた恨の民族です。韓国は長い間貧しく、周辺強大国の非常に強い勢力の狭間で侵略と蔑みを受けなければならない運命の道を免れることができませんでした。漢族と満州族、蒙古族、そして日本に対してそうでした。外勢の侵略を受ける度ごとに、数多くの人々が血の涙を流し、恥辱の痛みを受けました。そうする中でも、この民族は決して天を捨てませんでした。国家の運命と共に、自分たちの悲惨な時代的運命を宿命のように感じながら、天を仰ぎ精誠と祈祷の祭壇を築いてきた民族です。18 文鮮明によれば、このような歴史的背景ゆえに、韓民族は「神の恨」を理解することができる立場にある。神の恨とは、天使長ルーシェルによってアダムとエバを奪われた父が抱く深い悲しみ、親子の絆を結ぶことのできなかったものの悲しみのことだという。文鮮明は神の恨を恨解きすることをその使命とした。古田は文鮮明の次の発言を引いている。 天にいらっしゃる人類の父は子を亡くされた父母と同じ立場であり、悲しみの恨に覆われていることを私は発見しました。私の人生の目的は神の中にある恨を解いてさしあげる事です。その悲しみの神様を悲しみと苦痛と苦悩から解放して差し上げることが私の生きている目的です。私がしてきたすべての事はそれが宗教活動であれ言論であれ、経済であれ、政治であれ、企業であれ、その全ての動機はそこに出発しているのです。19 文鮮明は歴史の痛みを感知する。「復帰」とはこのとき、過ちの歴史を象徴的にやり直すということでもある。その点、文鮮明のまなざしはつねに過去に注がれている。そして、そのパースペクティブ上にはアダムとエバの神話、イエスの死、極東の歴史が反復する過ちとして配置されている。それらの複数のエピソードは同じ「恨」の物語素を梃子にして共振し増幅しあう。そのように繰りかえされる業に似た恨のことを文鮮明は「怨讐」とも呼ぶ。それは、過ちの痛み、つまり過ぎてしまったもの、過去の痛みでありながら、ある意味では時空間をこえた今の神話的な痛みでもあるのだろう。この痛みこそが、文鮮明という淫教の祖を同時代の極東の闇、とりわけ戦後の列島における同時代的の闇に導いてゆくことになる。 ある意味では、文鮮明は戦後の日本が蓋をしてきたものの痛みを感知することができた、と言うほかないのだと思う。それは戦争の被害者たちの痛み、たとえば、従軍慰安婦たちの痛みである。それができたのは、単に彼が日本帝国の皇民として朝鮮半島に生まれ落ちたという素性の持ち主だからではない。そうではなく、それができたのは、誤解をおそれずにいえば、彼がひとりの現人神だったためではないだろうか。負の現人神のひとりといってもいい。ここでいう神とは、そのためにひとが自身だけなく他者の命や生活をも犠牲にできる存在、という程度の意味だ。戦前の極東には、そのような神がいた。そして神の名において自身や他者の命をも奪う魔法の力をもった「神の子」たちがいた。けれども、突然、梯子が外されるようにして、神は人間になってしまわれたのだった。神の子たちは父をその死によって失ったというより、見失ってしまった。三島由紀夫の耳にささやいたという英霊の恨の聲がこだまする。などてすめろぎは人間となりたまひし。──なぜ天皇は人間となってしまわれたのか。陛下は人間であらせられるその深度のきわみにおいて、正に、神であらせられるべきだった。……もっとも神であらせられるべき時に、人間にましましたのだ。 現人神が戦後に人間として落ち延びることになったのは、合衆国の意向による。エドウィン・ライシャワーが1942年の『対日政策に関する覚書』のなかで「天皇を貴重な同盟者あるいは傀儡として使用可能な状態に温存する」20べきだと進言していることからもわかるとおり、共産主義陣営との戦いの前線を守る要として天皇家ほど有用なものはなかった。しかし、敗戦国の国民の象徴である以上、現人神であることは許されなかった。戦時中に神の名においてなされてきたおびただしい数の過ちがあった。もし仮にそれらの過ちにむきあうことが可能なのだとしたら、それができるのは神をおいてほかにいない。しかし、神は神として死ぬのではなく、捕縛され、ネイティブ・アメリカンの撮影を得意とするカーティスの手による写真に収められ、人間へと転身させられた。なぜ天皇陛下は生き恥をさらしてしまわれたのか。これは晩年の三島が問題にしていたことでもある。腹を切る前に「本当は宮中で天皇を殺したい」21とつぶやいていた。三島の自害については、次のように考えるひともいる。 「醜の御楯」は、天皇のために楯となって天皇を守り、朝敵(外敵)と戦う勇敢な兵士、という意味だけではない。「楯の会」は、非業の死を遂げた、無数の英霊たちの鎮まらぬ天皇御自身への怒りを、天皇の身代わりとなって一身に引き受けるために作られた組織なのかもしれない。戦後日本は昭和元禄という偽りの繁栄にうつつを抜かし、精神性よりも「金銭」と「物質的幸福」だけが物を言う世の中に成り下がった。そうなると、「神国」を護るために尊い命を捨てた無数の英霊たちの憤怒は行き場を失う。このまま放置すれば、その怒りが天皇本人へと向かいかねない。だから『英霊の聲』では、「川崎君」が天皇の代わりに死んでいった。22 戦後の列島にもはや神の国がないことを三島は嘆く。そして「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国」のみが残るという。中上健次のことばを借りれば、列島は父のいない私生児の状態におかれていた。そんな状況のなか、特に三島の自害した1970年以降、文鮮明という現人神への信仰がひとつの感染症のように列島に拡がってゆくことになる。文字通り父を幼くして失っていた僕の生みの親のふたりが人生の身売りをすることになるのもちょうどそのときのことだった。三島も統一教会の狂信的な信者にさえなっていれば、あのようなパフォーマンスをせずに済んだかもしれない、ともいまになって思う。 1945年までの極東には、紛れもなく、父なる現人神を中心とする八紘一宇の世界があった。「一宇」とは「一つの大きな家」という意味である。そう考えてみると、これを統一教会風に言いかえたものが「天一国」だったのではないか、という疑念が湧く。別の言葉をつかえば、文鮮明が金百文の模倣者であったのとの同じように、統一運動とは八紘一宇の一つの反復であり、戦後の日本が勝手に蓋をしてしまった極東の戦争を継続させる強い意志だったのではないか、という疑惑である。それを示唆するものはいくつもある。たとえば、統一教会の旧ロゴ。日の神の支配を図案化した旭日旗にきわめて似ている。旭日旗の光をさらに大きな神の力で封じ込めているようにも見える。あるいは、万歳三唱。列島では大日本帝国憲法発布の日より広まったと言われている。脈々と受け継がれる血の正当性を讃えるものだ。戦後に廃れたこの風習はいまでも統一教会に残されている。あるいは、統一教会の草創期に賛美歌、「六千年の恨みがある、戦いの国、勝利の月桂樹を捜し求めて──」23といった内容の『復帰の楽園』が軍艦行進曲のメロディで歌われていた、ということも示唆的である。それをはじめて耳にした元無期懲役囚の金徳振が「世界を統一する生き神様というのに、われわれ朝鮮人の仇である日本の国の、しかも最も軍国主義を代表する”軍艦マーチ”で、自作の賛美歌を歌うとは何ごとですか? こんな愚かなことがどこにあるのですか? なぜあなたが再臨メシアなのですか?」24と問いつめると、文鮮明は顔を赤くして作曲の依頼をしてきたという。このようなささやかなエピソードからも文鮮明が帝国の皇民だったときの25年間の記憶、八紘一宇の記憶の重みが伺い知れる。 天皇というものがそもそも七世紀の極東の国際情勢のなかで生まれた模倣者であったのと同じように、帝国解体後の神なき時代のなかで文鮮明もひとりの模倣者として極東の新しい王になることを夢見ていたのだろう。その野心は1965年に来日して早々明治神宮を統一教会の聖地に定めるという天皇家への挑発ともとれる挙に出ていることにもあらわれている。さらに、日本統一教会の会長だった久保木修己に天皇の役を演じさせ、天皇に代わって跪拝させていた25ということからも明らかである。また、統一教会の教義の核に混淫(血代交換)がある以上、天皇家との混淫も視野に入れていたのは間違いない。 このような野心を持った元皇民、負の現人神とでもいうべき教祖が、朝鮮戦争後に日米韓の右派勢力を結ぶパイプとして機能するようになった。一面においては、天皇が列島の共産主義を封じるための魔除けとして米国に操られたのと同じように、文鮮明という現人神も冷戦の最前線である半島の共産主義を駆逐するための駒に過ぎなかった、という見方もできる。その一方において、性病を思わせる文鮮明の聖/性なる浸透力からは、政治的な思惑を超えた大きなものの働き、戦後の極東の死角という死角からにじみ出る闇の力の存在を感じずにはいられない。ひとつの帝国が武力によってある地域を飲みこむとき、帝国は同時に文化的な侵入を被ることになる。文鮮明という負の現人神が大日本帝国の落し子であるのだとしたら、戦後に神を見失った日本はその落し子の列島への回帰に見舞われ、免疫のないものたちが感染してゆくことになる。あるいはむしろ、病に感染してしまうのはまさに現人神の物語を感知してしまう素地が帝国によって用意されていたからなのだと言ったほうがいいのかもしれない。 負の現人神が吹きこんだのは「恨解き」の物語だった。恨の感情を朝鮮特有のものだという見方もあるけれども、そのように考えるのなら、物語の感染力や人間が持つ共感の力を見誤ることになる。たしかに、僕の生みの親をはじめとする物語の感染者たちは、戦時中に神の名のもとに犠牲になってきた人々の痛み、その恨を感知するだけの機会も想像力もなかったのかもしれない。けれども、負の現人神がそれをきわめて間接的な形で可能にした、と考えることはできないだろうか。物語の呼び声を聴きとるのに、想像力は必要ではない。ただ、痛覚だけがあればいい。そして、痛覚はきっと、生きとし生けるものの持つ力だ。ひとは、自分たちの預かりしらない形で、恨の物語に染まってしまう。そして、それを自分自身の物語として引き受け、恨を解こうとする。その点、文鮮明の使命は、所与の恨を解く、というところにあるのではなく、第一に、恨を感染させる、というところにあったのかもしれない。文鮮明には聖/性なる力によって数多の人々を惑わす血分けの天賦の才があったように、ひとびとに痛み分けをするという魔法の力が備わってもいたのだろう。そのため、きわめて逆説的かつ皮肉な帰結であると言うほかないけれども、統一教会は「理想の家庭」を築くことを目標にしておきながら、第一に恨に満ちた家族を現出させることになる。そのような負の現実の存在によってこそ、恨解きの物語はいっそうの輝きを放つ。このことは、文鮮明の家庭を筆頭に多くの信者の家庭が崩壊しているということからも裏付けられる。このような不遇はもちろん、本人たちが望んできたことを正反対に裏切る形になっている。さらに、文鮮明は日本の信者に植えつけた恨を韓国ウォンや米国ドルに変換するという錬金術までやってのける。けれども、一面においては、このような「怨讐」の帰結は、戦後という時代にひそむ大きな意志としか言うほかないものが望んできたことなのだとしたらどうだろう。そう考えると、ただただ苦しくなる。 文鮮明は、大日本帝国によって生み出された存在である慰安婦たちの恨を思えば、サタン国家である日本の女性は韓国の乞食との「祝福」を受けてもありがたいと思わなければならない、という旨の発言をしたという。実際、多くの日本の女性信者が職も学も信仰もない韓国の孤児のもとに嫁がされ、そこで言語を絶する経験をしている。統一教会はそのような苦しみこそ六千年の歴史の業が招いたものであり、文鮮明への愛によって克服をするためにあるものなのだと吹きこむ。ひとりのひとの尊厳、その子どもたちの尊厳をもこのようなかたちで踏みにじることしかできない教団には、腹も頭も心も体中のすべてが煮えくり返るような深い怒りと憎しみしか湧いてこない。その一方で、このような負の権化のような集団が実際に存在してしまい、その物語に引きよせられてしまう人々がいるという時代の重み、すでに終わったかのように見えていまだに終わらずにいた戦後の重み、神の名によって亡きものにされてきた死者たちの重みを前にして、どんな言葉を紡ぐことができるのか不透明になり、体の奥底から震えはじめる自分がいる。 ただただ、負の現人神の精力、神の子であるこの僕にとっては真の御父様と呼ぶほかないものの精力と、その無節操に、とまどう。「復帰」という名でなされてきた文鮮明の猥褻行為について、朴正華は次のように振りかえっている。「神様であるはずの文鮮明は、おいしい餌を前に舌なめずりをする犬のようになり、むさぼるようにセックスをしただけである。ただの性欲の固まりだった。事実、文鮮明は精力絶倫で、『ひと晩に十回やったこともある』という。本妻だった崔先吉の話だから、これは間違いない」26。ここで列島に目をむければ、いっときは現人神でもいらした昭和天皇は側室をお持ちにならなかったとされている。おそらく平成天皇や今上天皇におかれてもそのようなことはないのだろう。これは近代的な家族と性愛のパラダイムのなかに天皇家も置かれているためだけれども、それゆえに万世一系と呼ばれる血筋の先行きは暗い。人間宣言以降の天皇家の繁殖能力は、ちょうど現代の日本国を象徴するかたちで、圧倒的に低い。それに比べ、負の現人神である文鮮明の際限のない性欲とその聖/性なる感染力には、性と政治が不離のかたちであった王朝時代を想起させるような懐かしさがある。 文鮮明は2012年に92歳で大往生を遂げた。統一教会はこれからゆっくりとした内部崩壊の道をたどることになる。ある意味では、統一運動は、戦後の極東を一過性の悪夢のように悩ませた流行り病にすぎないものだった。その病によって産みだされた神の子たちは、ふたたび神なき時代を生きることになる。しかし、あれほどまでに卑猥だった真の御父様の血、淫乱の血、乱れた化け物の血がその体に流れていることを否定することはできない。否定すればするほど、存在感は強まる。かといって、素通りすることもできない。ただ、むきあうしかない。そのとききっと、時代との不協和によって、その穢れなき神の血に流れる痛みによって、自殺に走ったり犯罪に手を染めたりする神の子らがこれからもあらわれてくるに違いないし、僕自身もいつかそのうちのひとりに数えられることもあるかもしれない。けれども、そのなかで世界はすこしずつ浄められてゆくような気がする。死がことばににぎわいを与え、ことばをゆたかにする。ことばは血を吸い、かがやきと生気にみちて幸わってゆく。この僕の体がやがて確実に滅びるのと同じように、世界は少しずつ浄められながら滅んでゆく。 真の御父様がその精力を徐々に失いながら衰弱死をなさったのは残念なことだった。できれば、イエス・キリストのように性の盛りの絶頂で滅ばされればよかったと悔やまれる。けれどもこの世界はきっと、神の世であることにもまして、なにより人の世なのだ。中上健次が言っていたように、ひとつの果実が徐々に熟しながら腐ってゆくように、破滅は微量ずつおとずれる。そして、血の滴りのひとつひとつに痛みを感じとることができることに神の子と人の子の違いは何ひとつない。 萩原 1991, p.45 ↩︎ ibid. p.45 ↩︎ ibid. p.54 ↩︎ ...

25 Jul 2022 · y. nonami